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2011年4月20日水曜日

地震、津波、原発事故と医療のアナロジー

 
地震は自然災害だ。コントロールするのはなかなか大変である。予知は今のところ難しい。ただ緊急地震情報のような形では情報が提供されている。さらに建物の耐震化という方向で備えることもできる。しかし、地震が起きてしまったら、あとはもうどうしようもないことが多い。

津波もそうだ。しかし地震に比べれば、津波が押し寄せるまでには時間があって、対処できることも多い。さらに防波堤などの対策もある。地震よりコントロールする手はいろいろある。しかし、今回のようなことも起こる。やはり避けられない。

それでは原発事故はどうか。これは地震や津波と違い、コントロールできるはずだった。人間自身が作ったものでもあるし、そもそも事故は起きないと言われてきた。起きたとしても対策は万全を期していたはずだった。だから、誰も地震や津波を非難しないが、東京電力には非難が集中する。

そう考えたときに、病気というのはどういうものなのか。地震なのか、津波なのか、原発事故なのか。

病気は地震や津波に近い、直感的にはそういう気がする。しかし、医学の発展が目覚ましい中、病気を少なくとも津波よりコントロールできるものとしてとらえるような方向性は確かだ。そういう意味で、一般的な認識の中では、病気は原発事故に近いというのが現実だろう。東京電力が非難を受けるように、医者や病院も非難を受ける世の中を考えれば、それもまた明らかなことだ。

それはとても不幸なことだ、と思う。
人間が作った原発であっても、人間がコントロールできるものではないことは明らかだ。ましてや病気は人間が作ったものではない。そんな自然災害とでもいうべき病気をコントロールできるというような幻想の中で生きていると、そんな幻想は必ず破られる。人間が作った原発でさえそれは幻想なのだ。

自然災害にしろ、人間が作ったものによる事故にしろ、いずれにせよ避けられるものではない。人間が作ったものだからコントロールできるというのも幻想である。
 
多くの不幸は、地震や津波や原発事故だけに起因するわけではない。それらをコントロールできるというような幻想こそが不幸の根源にあるのではないだろうか。
 

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