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2010年12月20日月曜日

成人学習理論

 
成人学習理論は多くの人に受け入れやすいだろう。
「私にぴったりした学習法」が獲得できれば、そんないいことはない。

でもこれじゃあだめなんじゃないかな。これは成人学習理論の最大の誤解ではないかと思う。
学習者のニーズが大事というところは、確かに大事だが、それは手段であって、目的ではない。
みんなここを誤解していると思う。ニーズからスタートすることは必要だが、行き着く先がどこかよくわからないのが成人学習である。それをアウトカムと呼ぶ。単に診断できるというのでなく、よりよい医療が提供できるというような、分けのわからないものに向かっていかなくてはいけない。ニーズから離れることが重要な場合が多い。

受験勉強とは違うのだ。みんな受験勉強が得意だったから、なかなかそこから離れられない。本当は受験勉強なんか嫌いだったはずだ。

内的な動機というものだけでは、よい学習にならない。
むしろメタレベルで自分の学習を振り返ることが成人学習の特徴だ。

自分は自分以外のものからできている、というのはメタレベルの認知に他ならない。

成人学習とは、答えのない問を問い続けることである、というほうが自分にははるかにピッタリくる。

手段は様々、何でもいい。その1つの手段としての成人学習理論という視点を見失ってはいけないのではないか。理論とは所詮道具なのである。

EBMが道具であるように、成人学習理論も道具である。
EBMを道具に学習した経験に基づくだけで、エビデンスには基づいていないが、たぶんそういうことだ。
 
 

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